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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6164号 判決 1957年3月16日

原告 鈴木正敏 外五名

被告 トウキョウ・シビリアン・オープン・メス

主文

原告らの訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告の原告鈴木正敏、同吉田芳成、同牛窪秀夫に対する昭和二十九年十二月六日附、同臼井勝利、同村山喬子に対する同月十六日附、同岸野光宏に対する昭和三十年六月十六日附の各解雇の意思表示は無効であることを確認する。

被告は原告らの各原職復帰に至るまで昭和二十九年十二月七日以降原告鈴木正敏に対し毎月金五千百六十円、同吉田芳成に対し毎月金五千八百五十二円、同牛窪秀夫に対し毎月金五千百六十円、同年同月十七日以降同臼井勝利に対し毎月金一万一千七百九十四円、同村山喬子に対し毎月金七千七百二円、昭和三十年六月十六日以降同岸野光宏に対し毎月金七千円の割合による金員を各支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第二項についての仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、被告は在日米国民間人、軍属、軍人を会員とし、会員の出資により会員相互の利用に供するため、食堂、バー、ダンスホールなどの娯楽慰安施設を経営する団体で、その定款により理事長が団体を代表することを定めてある権利能力なき社団である。

而して、原告鈴木、同吉田、同牛窪はウエイター、同臼井は庶務係、同村山は看護婦、同岸野はグラスウオッシャーとしていずれも被告に雇用されていたものである。

二、被告は昭和二十九年十二月六日原告鈴木、同吉田、同牛窪に対し、同月十六日同臼井、同村山に対し、昭和三十年六月十六日同岸野に対し解雇の意思表示をなしたが、右各意思表示は次項掲記の理由により無効である。しかるに、被告はこれを争い、原告らはいずれも既に被告従業員でないとして取扱つているので、原被告間の雇用契約の存在確認を求める。

三、無効理由

(一)  原告らのうち原告岸野を除くその余の原告らに対する解雇の意思表示は、これらの者の組合加入及び組合活動を嫌悪し、その故にこれを差別待遇したものでいずれも不当労働行為である。

1 被告の理事者、その任命にかかる米人支配人及びその他の米人職員は日本人従業員について人権軽視、労働三法、一般労働慣行軽視の傾向があり且つ労働条件は劣悪であつたため、一部従業員はかねてひそかに組合結成を企図していたが、昭和二十九年九月二十日港区芝正則高等学校において開催された会合において、被告従業員中三十六名は全駐留軍労働組合東京地区本部及び同MTMA支部に加盟する旨を表示し、同二十一日東京地本第十八回執行委員会で同三十日MTMA支部でそれぞれ右加盟が承認されたのをはじめとし、その後組合加入者は逐次増加して、同年十一月頃には百十三名に及び被告従業員二百六名の過半数に達した。右五名の原告はいずれも組合員であり且ついづれも組合結成準備委員として、被告従業員の全駐労への加入を推進した中心人物であるかないしは被告から中心人物であると誤認された者である。即ち、

(1) 原告鈴木正敏

イ、原告鈴木はキャンドルライトルームにおける組合結成準備の中心人物で、昭和二十九年なかば頃以降殆んど連日各職区の従業員のところに赴いて組合結成の基礎条件の醸成に努力していたが、同年八月十日原告鈴木の呼びかけで同人の外、キャンドルライトルームの山岸次郎、パーテイの斎藤文男、榎本某が集り時期をみて組合を結成すべきことを申合わせた。

ロ、同年八月十三日夜作業終了後支配人ラフエンスパーカー氏が従業員岩田栄次をつきとばして傷害を与え、パーテイの全員を解雇すべきことを言渡した事件が起り、かねて米人監督者の横暴に不満をもつていたキャンドル、パーテイの従業員は右事件直後原告鈴木の呼びかけで深夜日比谷公園内に集合し、支配人に抗議を行うことを申合わせ原告鈴木外数名の抗議委員を選出した。同月十六日抗議委員を中心にキャンドル、パーテイの全従業員が抗議のため支配人と会見したが、右会見後組合結成を申合わせ、準備委員を選出、原告鈴木は渉外及び法規対策委員に選出された。

ハ、原告鈴木は右会合の決定に基き、全駐労東京地区本部組織部長から組合結成につき指導を受け、同日原告鈴木の招集で準備委員会が開かれ、同人の提案で全駐労への加盟が決定され、同月二十一日のキャンドル、パーテイの全員十五名の東京地本MTMA支部への加盟申入も原告鈴木が代表として同支部に対しこれを行つた。

ニ、同年七月頃からキッチン職区では小倉宏康を中心に組合結成を話合つていたがこれを知つた原告鈴木は八月二十三日小倉を組合に加入せしめ組織は逐次各職区に拡大した。かように原告鈴木は組合組織拡大の中心的人物であつた。

ホ、原告鈴木は同年九月十日組合加入を呼びかけたビラを被告従業員に配布したが、これは従業員への公然たる呼びかけの最初であつた。

ヘ、前記九月二十日の正則高校での集会は原告鈴木、同吉田名義の文書で招集された。MTMA支部加盟後右支部内に被告従業員たる組合員によつてユニオン連絡会が設置され、原告鈴木はその渉外部長及びMTMA支部執行委員となつた。

ト、十月八日支配人は日本人各職区の責任者を集め組合活動を否認する趣旨の指示をなしたが、右会合が開かれる頃原告鈴木は外二名と共に大阪ホテル(被告の支店で東京都内所在)に赴き、同所に勤務する従業員に組合加入を呼びかけてビラを配布した。支配人はこれを制止すべく同ホテルに赴いたが、原告鈴木らは原告吉田が支配人と日本人職区責任者から組合活動を糾問されているとの報告を受け、支配人と入れかわりに右会合の席に赴き原告鈴木を先頭に数名の組合員が日本人責任者に面会を求め組合活動に干渉すべきでないと説得した。

チ、右十月八日の支配人の指示以降数日間に亘り各職区の日本人責任者は組合員一人一人に対し組合を脱退すべきこと脱退しなければ不利益を蒙るべきことを説得したが、原告鈴木はかかる状況下で、組合の団結を守るため、各組合員を説得して被告側の切崩し工作に対抗した。

リ、十月十三日被告支配人は従業員大会を開催すると称し、全従業員をキャンドルライトルームに招集し、席上理事ヘスター氏は、総評に加盟している全駐労に参加することは再考を求めたい、労働条件の改善については考慮したいとの趣旨の発言をなしたが、原告鈴木は右発言を反駁する趣旨の発言をなした。

ヌ、十二月三日セントラルコマンダーにおいて東京労務連絡事務所の斡旋で被告との間に行われた交渉に原告鈴木は他二名と共に出席し、被告の労働条件につき陳述した。

(2) 原告吉田芳成

イ、昭和二十九年春以来原告鈴木と共にユニオンクラブ従業員の間に組合結成の機運を醸成するべく努力した。

ロ、原告吉田は前述岩田事件後日比谷公園における会合に出席し、席上抗議委員に選出され、八月十六日抗議委員として支配人との会見にも出席発言し、組合設立準備委員選出に際しては組合設立準備副委員長に選出された。

ハ、九月二十日の正則高校の会合については原告鈴木とともにこれが招集責任者となり、全駐労東京地区本部MTMA支部に加盟すると共に、ユニオン連絡会教宣部長MTMA支部執行委員となつた。

ニ、十月八日支配人が日本人職区責任者を呼んで組合対策を指示した後日本人責任者から組合活動を糾問されたが、その際原告吉田は組合活動の正当性と必要性を強調した。

ホ、十二月三日セントラルコマンダーにおけるいわゆる労連交渉に際しては従業員を代表して他二名と共に出席し、労働条件につき陳述した。

(3) 原告牛窪秀夫

イ、原告牛窪は原告鈴木と職場を同じくするばかりでなく、同じ部屋の同じベットに宿泊していたので早くから同人の影響を受け、その組合準備活動の熱心な賛同者であり、且つ、働き手であつた。岩田事件に際しては日比谷公園の集会に出席し、支配人に対する抗議の会見にも列席した。

ロ、九月二十日の正則高校における会合で全駐労加盟を表示しその承認を受けて正式に組合員となつた。組合役員にはならなかつたが、熱心な活動家で且つ常に原告鈴木と行動をともにしていたから、支配人からは最高指導者の一人と目されていた。

(4) 原告臼井勝利

イ、原告臼井は庶務係であつたから一般従業員に較べると責任の重い地位にあつたが、早くから劣悪な労働条件と米人の人権軽視の傾向を改善したいと考え、昭和二十八年六月頃組合結成を企図したことがあつた。

ロ、原告臼井は昭和二十九年七月頃から進められた組合設立準備活動に好意を持つていたが、十月始め組合に加入し、十月七日藤田浩に替つてユニオン連絡会長に選ばれた。なおその後MTMA支部執行委員となつた。

ハ、原告臼井は職務上も支配人と接する機会があつたので屡々単独で支配人に組合の正当性と労働条件改善の必要性につき進言した。十月八日支配人の招集した日本人責任者の組合対策会議の際も責任者の一人として出席し、組合に対し不介入の方針をとるべきことを主張した。

ニ、十二月三日のいわゆる労連交渉にはユニオン連絡会会長として出席した。

(5) 原告村山喬子

原告村山は看護婦室に一人で勤務していたが、従来から従業員で勤務時間があけて帰宅前に看護室に立寄る者もあつて同室が従業員の雑談の場所となることがあつたのであるが、組合ができ、組織が拡大するに従つて看護室は勤務を終えた組合員がそこに立寄つて組合運動の情報を交換するのに便利な場所となつた。こうしたことから、原告村山自身も組合に好意を持つようになり、昭和二十九年十月頃組合に加入した。原告村山自身組合員であり、また勤務を害しない限度で組合員間の連絡を担当するなど組合活動を行つたが、同人はまた、右のような情況から同人が看護室において秘密の会合を主宰していると支配人から誤解されていた。

2 原告らに対する解雇の意思表示が右の組合活動を理由とするものであることは、原告らを解雇するについて他に首肯するに足る理由のないこと並びに以下述べる諸事実から推測される。

(1) 支配人ラフエンスパーカー氏は極端な組合嫌いで被告の前身東京会館時代に支配人に就任するや直ちに既存の労働組合を解散させ、幹部を追放したといわれる。昭和二十八年に原告臼井らが企図した組合結成も支配人の対抗策により成功しなかつた。

(2) 昭和二十九年七月頃からの組合結成の気運の醸成を支配人は察知していたものと推測される。同年九月上旬組合設立準備委員会書記長田村が無断欠勤を理由に突如解雇されたのもその表れである。遅くも九月十日原告鈴木が組合加入を呼びかけたビラを従業員に配布した前後からは支配人は組合が結成されることを充分認識した。

(3) 十月二日MTMA支部の真部外二名が被告方に赴き被告従業員多数が同支部に加盟した事実を告げ団体交渉のため支配人に面会を申入れたところ、支配人は「組合は結成させないことに麹町警察との話合いできまつている。君らはパスを持つていないのだから直ぐに出ろ」との旨を申述べてこれを拒否した。

(4) 十月八日支配人は各職場の日本人責任者を一室に集め、

イ、全駐労への加盟の有無を調査せよ。

ロ、ストライキなどの行動ありたる場合は十パーセント昇給の約束を取消し、被告の解散をもつて対抗する。

ハ、職場チーフにはこれらの事態を監督するに足る給料を与えてある。

ニ、組合活動の中心分子の名簿を提出せよ。

ホ、全駐労の今次特退手当要求は敗北に終つた。組合の切崩の際はこの点を強調せよ。

などの趣旨の指示を行つた。

(5) 十月十一日支配人は理事会宛書簡を送り、その中で

イ、全駐労加盟の組合は認めない。

ロ、組合の首謀者を人員整理によつて除外する。三人の首謀者はキャンドルライトルームにいるから、これを排除するため、キャンドルライトルームにおけるダンスを停止する。

ハ、一割昇給を実施し、昇給担当額は各部のセクションチフーによつて管理され、よき従業員に対する報酬として支払う。よき従業員またはその組合のためにはその他の便宜を提供する。

趣旨の政策をとりたい旨を述べた。

(6) 右支配人の指示に基きキッチン職区の責任者加藤斎は組合員一人一人を呼び出して組合脱退を説得し、ダイニングルームの責任者沢田祥、グリルの責任者茂木義明、秋本秀幸などは従業員に対し「組合への参加は絶対に認めず組合を作るならばクラブを解散する。従業員の文化機関の設置を認める。親睦会なら認めるし職区責任者としてそれなら賛成である。」との旨を申述べた。

(7) 十二月三日のいわゆる労連交渉直後支配人はこれに出席した原告臼井に書簡を送り無断勤務を離れたことを非難したが支配人が職場を離れたと非難した時刻は労連交渉の行われていた時刻である。

(8) キッチン職区のチーフコック加藤斎は十二月八日職場の全組合員を一人一人呼び出し「小倉、岸野、渡辺は十五日過ぎれば首になるだろう。君達も組合をやめるか首になるか」と脅した。その後小倉、岸野は実際に十六日に解雇になり(その後昭和三十年六月十五日付で一旦右解雇を取消す)、渡辺は加藤、秋本などと第二組合結成を企図するようになつた。

(二)  原告岸野に対する本件解雇の意思表示は予告手当を提供せずに即時解雇をなしたもので、労働基準法第二十条第一項本文に違反し無効である。

四、右各解雇の意思表示以来被告は原告らの就業を拒否しているが右は使用者の責に帰すべき事由による休業であるので、原告らは労働基準法第二十六条に基き休業手当を請求する権利を有するところ、原被告間の労働契約により過去三ケ月間に原告らに対し支払われた賃金は毎月原告鈴木及び同牛窪各金八千八百円、同吉田金一万四十三円、同臼井金二万四千二百円、同村山金一万三千三百十円、同岸野金一万二千百円でいずれも毎月末日払いの契約であるので、それぞれ右金額に基き計算した平均賃金による休業手当額の範囲内において、主文第二項記載どおりの金員の支払いを求める。

五、なお、被告を構成する会員中には合衆国軍隊の構成員及び文民たる被用者を含んでいるし、被告の運営は米軍施設司令官によつて監督を受けてはいるが、被告自体は合衆国軍隊の機関でもなく、また文民たる被用者でもないし、更に、原告らの請求はいずれも雇用契約に基く請求であるから、日本国の裁判所は本訴請求につき裁判権を有するものである。

第三、被告は差置送達による呼出にも拘らず、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

理由

被告が我が国の裁判権に服すべきものか否かを職権を以つて考える。

原告ら提出のトウキョウ・シビリアン・オープン・メス定款(Constitution Tokyo Civiliun Open mess)と当裁判所のなした調査嘱託に対する外務省条約局長の回答書とを綜合すると、被告は米合衆国の陸軍規則(Army Regulations No. 210-50)に準拠して設立された同規則にいわゆる歳出外資金による機関であること、右規則においては明文をもつて歳出外資金による機関は「連邦政府機関(instrumentalities of the Federal Government)であり、且つそのようなものとして連邦憲法及び法令に基いて連邦政府の官庁及び機関(The departments and agencies of the Federal Government)に与えられるすべての免除及び特権を享有する」と規定されていること並びに被告と同じく歳出外資金による機関であるところの米軍ピーエツクスにつき米合衆国連邦最高裁判所は政府の腕(arms of the government)、陸軍省の不可分の一部(integral parts of the War Department)であると判断し、同国の地方裁判所も同じく歳出外資金による機関たる将校クラブにつき政府機関(instrumentality of the government)であると判断していることが認められ、右の諸事実によれば、米合衆国においては被告はその国家機関として承認されていることが明らかである。而して、米合衆国においてかかる承認をえているということで、直ちに我が国の裁判所がこれを米合衆国国家機関として認めねばならないということでは勿論ないが、一国の法制上これが当該国の国家機関として承認されている場合には、特段の事情のない限り、我が国の裁判所においてもこれを当該国の国家機関として取扱うことが国際礼譲からしても相当である。そして被告が国家権力を行使する米合衆国政府ないし米合衆国軍隊の本来的構成要素ではないとの事実及び被告がその定款の定めによつて運営されている事実などでは、いまだ右の如き米合衆国内の取扱いにも拘らずこれを国家機関でないと判断すべき別段の事情となすに足りない。

右の如き外国国家機関に対する我が国裁判所の裁判権の有無は当該国家自体に対する裁判権の有無に帰着する。而して、国家は一般には外国の裁判権に服さず、ただそれが自発的に進んで外国裁判所の裁判権に服する場合のみを例外とし、かかる例外は条約を以つてこれを定めるか、若くは特に特定の訴訟事件について当該国家が特定の外国に対し、その裁判権に服する旨を表示したような場合に認むべきであるところ、日本国の民事裁判権に関して定めている日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十八条には合衆国自体ないしその機関が日本国の裁判権に服することを承認した趣旨を見出すことができないのをはじめとし、その他の日米間の条約などにもかかる事跡を見出すことはできない。もつとも、合衆国の軍当局が公認し、且つ規制する歳出外資金による機関に雇用される労働者については、行政協定等十五条第四項において「別に相互に合意される場合を除く外、賃金及び諸手当に関する条件のような雇用及び労働の条件労働者保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」とされているので、これを根拠にかかる機関と日本人労働者との雇用関係に関する争訟については日本国の裁判権を承認したのではないかとの説も考え得るが、右条項は文理上雇用関係に関する実体的な権利義務についての取り極めに止まると解せられ、その裁判権についてまで取り極めた趣旨とは到底解せられない。

よつて、被告に対する本件訴は裁判権がないものとして却下すべきであり、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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